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2019-09-20

推しの結婚

現役アイドルの女の子が結婚を発表した。

そのことについて、私は「へぇ」以外の感想がなかったし、私のタイムラインでは好意的なリプライしか見なかったのだけれど、でもどこかで確実に足元がふわふわしているファンはいるのだろうな、と思った。

私はずっと、芸能人が結婚したことにショックを受けるファン、というのが分からなくて、テンプレート的に「自分が結婚できるわけでもないのに、なぜショックを受けるんだろうか」などと思っていたのだけれど、つい一年ほど前に自分の推しが結婚を発表して、なるほどこういうことかと、見事に足元がふわふわしたのだった。

そもそも他人の結婚に興味がない私は、結婚したのが親せきだろうが同級生だろうが「へぇ」としか思わなかったし、形式的な「おめでとう」を口にはするものの、そのめでたさはあまり理解できていなかった。僻んでいるわけでもなく、よく言えばフラット。誰かが結婚したから嬉しいなんて、思ったことは一度もなかった。

その私が、初めて他人の結婚を嬉しいと思った。これはほぼ革命と言っても過言ではない。人間になったと思った。情緒が芽生えた。これがウレシイということ……?

なぜ他人の結婚が嬉しいのか? 自分の好きな人が嬉しそうにしているのが嬉しいのか! そんな当たり前のことをようやく理解した。結婚そのものが嬉しいわけじゃなくて、結婚することによって幸せそうにしているのが嬉しいんだ。たくさんの人に祝福されているのを見ると、さすが私の推しだと誇らしい気持ちにさえなった。私は全くの他人なのに。

だから、そうやって推しの結婚を祝福できた私は、私に感情を教えてくれてありがとうと謎な感謝の念すら抱いていたわけなのだけれど、次第に「なぜかショックを受けている自分」に気付いて、そんな自分にショックを受けた。意味が分からないと首を傾げていた側に、知らぬ間に立っている。

多分、芸能人の結婚にショックを受ける人の大半がそうであるように、私もガチ恋勢だったわけではない。推しと結婚したかったわけではないし、付き合いたいとさえ思ったことはなかった。

ショックだったのはなぜだろう。「貴方が結婚できるわけじゃないのに」その疑問が的外れだったことだけは分かるのに。

いつも恋人がいるリスナーに「くだらねぇ」「ばかやろう」と噛みついて、非モテ/非リアアピールをしている彼が、付き合っている人がいるとか同棲しているとかをすっ飛ばして”結婚”というワードを出してきたから、嘘をつかれていたような気持になったのかもしれない。

推しは芸能人ではないので、結婚しているということがこれからの活動に影響を及ぼす――今までのように私たちと遊んでくれなくなるかもしれないと心配したり、さみしく思ったのかもしれない。

急に現実を持ち出されて冷や水をかけられたような気持になったのかも。他の推したちももしかしたら同じような嘘をついているのかもしれないと思ったのかも。

多分そういういろんなことが混ざり合ったんだと思う。でも、私たちが”結婚を報告してもいいと思えるファン”だと推しに思われていたことは嬉しかったよ。別に公にしなくてもいいプライベートな話をしてくれたのには、多分ファンへの信頼もあっただろうから。

足元のふわふわは時間の経過により落ち着いたのだけれど、それでも私は、最推しが結婚したらまた「嬉しい」「おめでとう」からの足元ふわふわを体験するのだと思う。複雑なもやもやを胸に抱えて。ああもうそれならいっそ彼女が居るとか居ないとかの時点で教えてほしいよなぁ……いややっぱ教えないで……(情緒不安定)。

現役アイドルの女の子が結婚した。多分そのアイドルのファンではないであろう若い女の子が、ツイッターかなにかを見ながら「結婚するなら卒業しろよな」「つーかこのグループ全員おばさんじゃん」と言っているのを目にした。「アイドルだって所詮は職業なのに、なんで結婚しただけで辞めろとか言われないといけないんだろうね?」とか「キミらもその内おばさんになるんだから、おばさんなのにどうこうとかしょうもない呪いをふりまかない方がいいよ」とか、面倒くささ丸出しで絡みたくなる気持ちをぐっと堪えながら、祝福している人しか目にしなかったけれど、そうやって否定したい人はいるはずだよなと思った。一言で説明できないあの気持ちを分かりやすいものに変えたら、きっと攻撃性を持つものになる。好きだったのに。好きだったから。

だからどうという話でもない。ただただそんなことをぼんやりと思って、あと二ヵ月もすれば、推しの結婚記念日がやってくる。